京都です、お寺です。その5

 土佐50万石は、掛川3万石の山内一豊が、関ヶ原の戦いの論功行賞でもらうのです。
お国替えが行われ、家来を引き連れ、土佐に乗り込むのです。が、元々は、長宗我部が治めてた所、お家断絶の家来との間に、合戦がありました。

それ以来、残党も家来と認められ、一応禄を貰うのですが、厳しく身分が分けられました。

山内の家来は上士、長宗我部の家来は下士とし、上士お預けの家来とし、直接お城には入れない、勿論殿の顔も見れない、上士には、道を譲る、雨であっても、下駄ばきは許されない、草履のみ。
ですから、同じ土佐藩士であっても、下士は、長宗我部に恩があっても、決して徳川に、なんの義理も感じてない人々であって、このあたりは、関ヶ原負け組だったわけです。

そのなかで、一部の人だけ、お城に行けて、殿に拝謁出来る身分があって、白札と呼ばれました。
武市瑞山(半平太)はその身分、これが悲劇だったのです、殿に意見が出来るから、藩論を変えられるかもしれないとね。
しかし、藩は徳川さまさまですから、いくら頑張っても、藩論が変わる訳はないのです。

ですから、土佐藩士は、薩摩や長州と違い、脱藩者が多いのです。
坂本家も、下士の身分。下駄ばきが許されない。

そう、もうお解りですね。彼が真っ先に「シューズ」を履いた訳が  笑)


2009 11 . 29 京都  西山 善峰寺
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by t-y1980 | 2009-12-27 17:02 | 西国33ヵ所
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